2014年8月12日火曜日

愚者の時計

■ようこそ、日本へ
8月11日、サッカー日本代表チームの新監督を務めることになったメキシコ人のハビエル・アギーレ氏が来日を果たしました。その足で日本サッカー協会に赴き、同日に契約締結、そして記者会見の運びとなりました。

ちょうどYahoo!ニュースで会見速報記事がアップされていましたが、どれも会見の一部を切り取ったものばかりだったので、日本サッカー協会ウェブサイトに行き、一時間七分という長丁場な会見動画を拝見しました。

会見を通じて見えたのは、アギーレ氏を選んだ日本サッカー協会の選考基準が相変わらず曖昧なことでしょうか。

歴戦の雄アギーレ氏のキャリアは文句の付けようがないもの。身の丈にあっていない“名将”という肩書きをつけられる方も多々いますが、アギーレ氏はまぎれもなく名将のひとりだと思います。ただ、これが日本サッカーの未来を安泰なものにするかと言われれば、そうではありません。世界に名を馳せる人物であっても、相性が悪くて実力の半分も出せないことも。

同会見でメキシコ人記者の方が「世界的に見ても、日本はまだW杯に5回出場しただけの“若い国”だ。あなたにとって大きなチャレンジなのでは?」と質問していましたが、おっしゃるとおりで、経験豊富な国々と日本を同列で語ることはできません。アギーレ氏と日本代表チームがどんな化学反応を起こすか、それはこれから見ていかなければならないことです。

そういう意味では、この記者会見はあくまでお披露目。「ベースとなるシステムは4-3-3だ」とか「若くて才能がある選手を起用したい」といった言葉はこの場限りのもので、「実際にやってみたらずいぶん違う姿になった」ということなんてよくある話。その回答ひとつひとつに一喜一憂せず、多角的に彼の仕事ぶりを見ていけばいいだけのことです。

一方で、違う収穫がありました。日本サッカー協会がアギーレ氏を選んだ大きな理由です、


■恋い焦がれていたのは分かるけど……
「実は4年前の南アフリカW杯後にも、原さん(日本サッカー協会 専務理事兼強化委員長)からオファーをいただいていました。しかし、そのときは家庭の事情(長男がスペインの大学に入学したばかりだった)でお受けすることができなかった。それから4年、日本サッカー協会は私の仕事ぶりを常に評価してくれ、再びオファーをくださった。スペインのクラブや他の代表チームからのオファーもありましたが、2018年W杯ロシア大会に向けた日本サッカー協会の強化プロジェクトに魅力を感じ、お受けすることにしたのです」

要約すると、こんなところです。つまり、日本サッカー協会(というか原さん)にとって、アギーレ氏は4年越しの恋人というわけですね。

がっかりしました。

4年前、日本は2010年W杯南アフリカ大会でベスト16に進出するという快挙を成し遂げました。ところが大会後、監督の岡田武史さんは契約満了とともに退任。当然後任人事をなんとかしなければならないわけですが、リストアップする人物にことごとく断られ(確かビエルサ氏などの名前もあったと思います。アギーレ氏もそのうちのひとりだったのでしょう)、大会後の代表戦2試合に関しては、原強化委員長が代理監督を務めるというお粗末な流れに。

「なんで代表監督がまだ決まっていないんだ」、そんな世間の批判が高まるなか、突如現れたのがアルベルト・ザッケローニ氏でした。とある筋から聞いた話ですが、アプローチしてきたのはザッケローニ側だったそうです。すでにヨーロッパでもシーズンがスタートし、名だたる指揮官はさまざまなクラブが連れていっていたこの時期、もはや余り物から選ばざるを得ない状況にあった日本サッカー協会に、ザッケローニの代理人が声をかけてきたとか。一も二もなく飛びついた日本サッカー協会、かくして「サッカー日本代表監督 アルベルト・ザッケローニ」が誕生した裏側です。

つまり、本命にことごとく振られて打ち拉がれていたところに「あたしでよければ」と言い寄られ、そのまま付き合っちゃった的な感じ。で、4年経って再び「やはりあなたが忘れられない」とアギーレ氏に言い寄ったというところでしょうか。

そりゃがっかりもしますよ。


■選考基準が4年前から止まっている

アギーレという人物そのものに対する疑念はまったくありません。目標は常に4年毎のW杯で好成績を残すことで、過去最高のベスト16の壁を破ることはもちろん、ひとつでも上の領域を目指すための強化を図ること。日本サッカー協会も同じように考えているでしょう。

その道程で、必ず世界屈指の強豪国との対戦は避けられません。アギーレ氏は「世界のトップは、だいたい5ヶ国ぐらい。世界的なタイトルを獲った経験がある国がそれだ」とおっしゃっていましたが、日本の立場から見ればそんな数では済まないほどあります。

攻撃サッカー、大いに結構。ただ、相手をリスペクトすることを忘れてはいけません。ドイツ相手に「俺たちはお前たちを打ち負かす!」とのたまったところで、井の中の蛙と言われ、ボコボコにされるのがオチ。W杯では、そうした一部の強豪国を除いて“まず守備ありき”で戦うのが常道。そういう意味で、「まずは全員で守る」ことを第一義に挙げ、なおかつこれまでのキャリアで(批判を受けつつも)その戦い方を実践してきたアギーレ氏は確かに適任だと思います。

4年前であれば。

南アフリカ後なら、アギーレ氏は日本代表チームにピタっとハマったことでしょう。玉砕覚悟で攻撃サッカーを標榜する選手を諭し、地に足をつけたプレーを見せてくれたんじゃないだろうか、と。もちろん憶測にしか過ぎませんし、“たら・れば”で言えば、ザッケローニ氏だって似たようなことを言っていたとも。

4年前と今とでは、状況が違います。ザッケローニ体制で挑んだブラジル大会では惨敗を喫し、代表チームのみならず、日本サッカーそのものの立て直しを図ろうとしている今、「4年前から見初めていたんで大丈夫」というのは、<ブラジルでの敗因>と<4年後を見据えた強化策>という議題に対する回答にはなっていません。

結局、4年前から代表監督の選考基準が進歩していないということです。アギーレ氏にケチをつける気はさらさらないのですが、選んだ側がこんなウブな大人たちでは、4年後のロシアでも大きな成果は期待できないんじゃないでしょうか。

そのロシアに、こんな諺があります。

「愚者の時計は、いつまでも止まったままだ」


■アギーレとサッカー協会はいつか衝突する
先頃、日本サッカー協会よりブラジル大会レポートが発表されましたが、最大の要因は、指揮能力の低さをひけらかしたザッケローニ氏であり、その彼を選んだ日本サッカー協会だと思っています。一方で、サッカー協会の人材難も聞き及ぶところなので、大仁会長や原専務理事が辞任すれば何か解決するのか、と言われれば答えはノーです。

論点は、「アギーレで大丈夫なのか」、「ザッケローニからの継承じゃないじゃないか」ではありません。4年前から今回の新監督人事に至るまでの流れがどれだけ歪であるか、それを日本サッカー協会の面々が真摯に受け止めているかどうか、だと思います。

記者会見中、大仁会長と原専務理事は終止うつむき加減で、メディアからの質問にもナイーブな反応を示すなど、世間の批判がいやというほど耳に届いていることを伺わせてくれました。こういう立場の人たちですし、今回の惨敗を見れば批判は致し方ありません。

ただ、その批判の真意を汲み取り、誠意ある対応をしているかどうかが大事なのだと思います。そういう点で見ても、結局“アギーレ氏を押し通した”という今回の人事からも、日本サッカー協会という組織は「お役所」と揶揄されても仕方のない体質なのだな、と感じ入りました。

個人的には、アギーレ氏には期待したいところですし、ザッケローニ氏よりは盤石なチームづくりをしてくれるんじゃないかとも思っています。もし彼が、「日本代表チームをより強くしたい」というあくなき情熱を持って取り組んでくれるならこれほど嬉しいことはありませんが、そうした情熱がある方だとすると、ぬるま湯体質の日本サッカー協会とはいつかどこかで衝突しそうな気がしないでもありません。かつてのネルシーニョ氏やオシム氏のように。
 

0 件のコメント:

コメントを投稿