2015年1月26日月曜日

下克上のチャンス!今こそ国内中心の代表チームを

■実にお粗末なベスト8敗退
ベスト8での敗退となったオーストラリアでのアジアカップ2015。レベルこそワールドカップにはおよばないものの、日本が挑める数少ない真剣勝負の大会であり、その独特の形式や雰囲気から、歴代チームはいずれも苦戦を強いられてきました。ここ数回の大会で好成績をおさめてきたことから容易と見られがちなアジアカップですが、振り返ってみても薄氷を踏むような栄冠ばかり。アジアカップを制するのは実に困難なことであり、今大会で勝ち残っている他国に対する敬意を忘れてはなりません。

とはいえ、やはり今回の敗退は実によろしくありませんでした。ひとことで言えば自爆。あきらかにプレー精度に影響した中二日という強行日程に疑問を抱きはしますが、ボールポゼッション68.1%にシュート本数35本(うち枠内8本/UEAは計3本)というゲームスタッツを見るだけでも、「圧倒的に試合を支配しながら崩しきれない」「シュートが枠に飛んでいない」ということが浮き彫りになっています。小さくない要因があったとはいえ、これはお粗末。「勝って当たり前」という言葉は対戦相手への敬意を欠いていると思いつつも、こういう試合でも勝ちきれる力がなければ、チャンピオンにはなれません。

アギーレ監督の指揮能力に疑問の声があがっているようです。采配そのものに疑問はありませんが、あきらかにコンディションを落としている香川真司選手(独ドルトムント)をスタメンで起用したことについては、言及されても仕方ありません。試合の流れから消え、ここぞのアタック時にも効果的に絡めず、ついにはフィニッシュも精度を欠くというていたらく。日本屈指のプレーヤーであることは認めますが、本来の力を発揮できない状況にあるのなら、選考外としてもいいのです。アギーレ監督が彼の復活を熱望していたのか、それとも日本サッカー協会やその他から圧力があったのか……。そう勘ぐられる前に(すでに勘ぐられていますが)、アギーレ監督は香川選手の起用の是非について、ご自身の意見を述べられるべきかと思います。

さて、いよいよ目を向けるべきは“ロシア大会まで”です。結果最優先でザッケローニ時代に回帰した日本代表チームですが、就任当初からのアプローチを見るに、アジアカップに挑んだメンバーはアギーレ監督にとって「納得はできないが、結果のためなら致し方なし」というところでしょう。最終的に切望していた結果(アジアカップ優勝)は手にできませんでしたが、ここでようやく本来のチーム強化に立ち戻ることができます。

アジアカップでの収穫はありました。それは、「ザッケローニ時代のチームを主軸にはできない」ということと、「新戦力の発見」です。


■Jリーガーにモチベーションを
結果から見ても分かりますが、完成度の高さからザッケローニ時代に回帰した日本代表チームは、力でアジアを押し切ることができませんでした。ところどころ阿吽の呼吸とも言えるコンビネーションを見せることがあり、培ってきた良い部分は残すべきですが、チャンピオンにふさわしい戦いぶりができなかったというのは大きなマイナス。

極端な話、トップとまでは言わないにしても、アジアで3本の指にも入れなかった時点で、旧型に固執する必要がなくなったのです。とりわけスタメンの年齢を見ると、ロシア大会時には平均年齢が30代を超えます。次の世代に経験を伝えられるベテランとコミュニケーションを取りつつ、フレッシュなチームを再構築する絶好のタイミングでもあるのです。

そして新戦力。とりわけ柴崎岳選手(鹿島アントラーズ)は最大の発見だったと言えるでしょう。代表チームのコンダクター、遠藤保仁選手(ガンバ大阪)の後継者とも言われ、以前から注目度の高い若手ではありましたが、代表チームでは遠藤選手の存在感の大きさから、インパクトを与えるプレーをあまり見られずにいました(キリンチャレンジカップでゴールを決めましたが)。「まだフル代表という看板は重いのか」、そんな印象を抱くほどに。

ところがアジアカップのUAE戦に途中出場した彼は、以前とは違うたくましい顔つきに。同点ゴールは見事という他なく、遠藤選手が退いた代表チームのレジスタとして中盤に君臨。ボールが彼を経由すると、独特のリズムが加わりゴール前に接近する頻度があがるように。次世代の司令塔が誕生した瞬間だったと言えます。アギーレ監督も、柴崎選手の才能に大きな期待を寄せていたからこそ、この試合で遠藤選手に代えるという策に打って出たのでしょう。試合には敗れましたが、アギーレ監督の審美眼が本物だと照明されました。

また今大会では試みてはいませんが、森重真人選手(FC東京)をアンカー(中盤の底)で起用する手法も検討されています。現在このポジションには長谷部誠選手(独アイントラハト・フランクフルト)がいますが、スライドしても問題ない盤石のアンカーが生まれれば、ベテランの長谷部選手をバックアッパーとして分厚い層を作り上げることもできるわけです。

つまり、Jリーガーを核としたチームづくりが不可欠になります。

 
■名ではなく実でのチーム再編製を
コンディション面もさることながら、チームでの起用頻度や試合勘、メンタル面など、どこかに不調を抱えたままの選手がスタメンを飾ると、その悪い影響がチームに伝播し、バッドスパイラルを引き起こす要因にもなります。奇しくもブラジルW杯、そしてこのアジアカップでそのことが証明されました。それでも海外組を多用する理由は、「国内組に比べてあきらかに実力が上だから」というところでしたが、サッカーは11人+ベンチワークがバランスよく組み合わさって、はじめて連動性や一体感が生まれるもの。もはや海外組はアドバンテージたりえません。プラスアルファ(上積み)の戦力として起用するのがベストでしょう。

その象徴が、香川選手です。明らかに所属クラブでも本来の実力を発揮できていないのに、さらなる力の発揮が求められる代表チームに招集すること自体がナンセンス。そりゃ選手側とすれば、呼ばれれば「自分の力が求められているんだ」と招集に応じるに決まっています。要するに、「コンディションが良くないから呼ばない」という選択肢を持つべきだと言いたいのです。とりわけ移動負担が大きい海外組はなおさら。

柴崎選手や森重選手といった、フレッシュでモチベーションの高いJリーガーを中心にチームづくりをすれば、今までとは違う安定感ある日本代表チームができるはず。少なくともアギーレ監督の手腕が確かなことは立証されたわけですから。

そして、Jリーガーが中心となれば、他のJリーガーのモチベーションの向上にもつながり、自ずとJリーグそのもののレベルもアップします。ここでしっかりとした土台が作れれば、コンディションのいい海外組が加わった際、さらに大きな効果をもたらすことは明白。そうして“目指すべきスタイル”がはっきりした代表チームが活躍することで、子どもたちにも「いつかは代表チームに」という目標を抱いてもらえるようになるのです。

名前で選ばれた選手で構成されたツギハギチームがもう通用しないということが身に染みて分かったアジアカップ。もう、広告主の言いなりになって真の強化をおろそかにするのはヤメにしませんか、日本サッカー協会のお偉方。今回の結果を戒めとして真摯に受け止める気持ちがあるのなら。

2015年1月23日金曜日

日本サッカーの暗黒時代、ここに極まれり

【アジアカップ2015 決勝トーナメント1回戦 vsUAE @
 オーストラリア】

負けて、良かった。

中二日という強行日程が影響し、どの選手も動きが鈍かったです。勝ち続けてきただけにスタメンは変えられず、それが災いしたUAE戦でした。また、ヨーロッパや日本は冬まっただ中なのに、開催国は真夏のオーストラリア。代表チームはコンディション調整だけで四苦八苦していたことでしょう。

すべてがひどかったUAE戦。序盤から動きが重かった日本は、スキを突かれて早々に失点。そこで浮き足立ってしまったのか、ハタから見ればつながっているかのようなチグハグなパスを結び、UAEゴールに向けてシュートを放ちました。が、いずれもゴールを割れない。時間の経過とともに焦りが募るも、後半36分に途中出場の柴崎選手が同点ゴール。ここから息を吹き返し……たかったですが、やはりコンディションの悪さからパスワークが冴えず、チグハグなプレーから強引にシュートを打つのみ。幸いにもUAEの足もとまっていくつか決定機が訪れましたが、いずれも活かせず、満身創痍のまま延長を過ごし、最後にPKで敗れました。

もっとも気の毒なのは、アギーレ監督です。就任当初からテスト色の強いメンバー編成でチームを作り込んでいこうとするも、アジアカップ前になって遠藤選手や今野選手といったベテラン組を招集。それまでの流れから見れば「ん?どうした?」という違和感がありましたが、おそらく日本サッカー協会から「アジアカップで優勝するため、結果を優先してくれ」という強い要望があったのでしょう。分かりやすく言えば、ザッケローニ監督時代に戻ったわけです。

サッカー協会の要望は、至極真っ当。「まずはコンフェデ杯の出場権を獲得。チームの再編成はそのあとにやればいい」ということで、出場権の有無はチームの今後を大きく左右します。結果的に(出場権は)得られなかったわけですが、試みは正しかったと思います。

アジアカップのスタメンは、ご覧のとおりFW乾選手とDF酒井選手を除いてザッケローニ時代のレギュラーで固められていました。フォーメーションも、長谷部選手がアンカーとなってはいますが、基本陣形は変わらず。ある程度のアギーレ監督のエッセンスは入っていたものの、連携はブラジル大会のときそのまま。グループリーグを勝ち抜いたのも、ザッケローニの遺産に他なりませんでした。

そして、このUAE戦。

満身創痍の日本代表は、足がとまり、時間が経てば経つほどパス&ゴー、いわゆるチャレンジングなプレーが減っていき、パスやクロスの精度は著しく低下していきました。こうなると“無駄走り”が増え、肉体的にも精神的にも選手は疲弊してきます。悪循環に陥ったのは日本だけではありませんでしたが、王者としての風格は皆無でした。

満身創痍のときにこそ、“素”が出ます。最後尾から前線の選手にボールが入り、細かく繋いでサイドのほころびを突いて……という流れを期待して見るも、相手ゴールを背にボールを受けた選手はまずトラップし、そこから味方を探していました。アジアカップの決勝トーナメント一回戦という試合のレベルを考えれば、これは遅い。ワンプレー余計です。パスの出し手も、その二手三手先を呼んだ“崩しのメッセージ”が含まれたものではなく、受け手の気持ちを汲み取らずに「頼む、何とかしてくれ」とでも言いたげな無責任なパスばかり。

ザッケローニ時代から続くチーム編成が核になっているのであれば、ボールが入るのと同時に他の選手がスペースへ走り、ボールホルダーに選択肢を与えることができるはず。長らく同じメンバーでやってきたのだから、ダイレクトにはたいてつなげていく連動性があって然るべきです。疲れていたのは分かりますが、「これぞブラジル仕様」と作り上げたチームとは思えない連動性のなさに、ただただ唖然としてしまいました。

結局、モタモタとボールをつないでいるうちに敵は陣形を整えてしまい、強引なシュートを打っても人垣に跳ね返されてしまう。崩しきれないから闇雲にクロスを放り込むも、誰も合わせられない。そもそも日本人の身体能力は高くありませんから、どこぞの強豪クラブの屈強なストライカーのように強引にねじ込むなんて芸当はできません。

日本の真骨頂は、高精度なプレー。ザッケローニ時代のチームが盤石であれば、アジアカップなら3位決定戦ぐらいまでは十分勝ち進めたはず。それが、さして強固でもなかったディフェンス陣を崩せず、負傷者(長友選手)を抱えたまま延長を戦わなくてはならなくなり、“フットボール・ロシアンルーレット”PKで涙を飲むことに。

ブラジルに送り込んだチームは、アジアですら通用しない。

私が「負けて良かった」と言ったのは、ブラジルでも出し尽くせなかった膿がようやく吐き出せたから。ザッケローニ監督にまかせた四年間の残滓が、ここですべて出せた。アジアカップ ベスト8で敗退という無惨な結果のおかげで。

ことアジアカップの結果について、アギーレ監督に落ち度はありません。確かに延長戦を意識して交代枠をひとつ残しておくべきでは?とも思いましたが、ゴールに迫りながらも一点が遠かった90分間を見ると、そこで躊躇していたら同点ゴールすら生まれていなかったのかもしれないのですから。生まれるべくして生まれた結果だったのでしょう。

逆説的に言えば、誰が指揮官をやったとしても同じところ止まりだったとも思います。そういう意味で、采配の妙を見せてくれたアギーレ監督の手腕をしっかり確認できた大会だったのではないでしょうか。

日本サッカーの暗黒時代、ここに極まれり。

ブラジル大会で堕ちるところまで堕ちたと思っていましたが、もうワンステージ用意されていたとは、というのがアジアカップ敗退を受けての感想です。クライアントの顔色を伺っての日本代表ブランディング戦略に奔走したサッカー協会も、今回の結果は言い訳のきかないものとして受け止めざるを得なくなりましたね。八百長疑惑に揺れるアギーレ監督を更迭して“トカゲの尻尾切り”をしても、「じゃあ何のためにアギーレを選んだんだ」という非難の声が高まるだけ。

一方で、原 博実 専務理事が引責辞任したとしても、問題解決になるとも思えません。特にサッカー協会では、原さんが退いた後を任せられる人材がいないと聞きます。重要なのは、今回の敗退を受け、敗因の分析と結果報告、それを踏まえての今後の強化策を明確にすることです。

ブラジルW杯とアジアカップの両方については、大仁邦彌会長に引責辞任で十分だと思います。原さんにはあえて残留のうえ、日本サッカーの未来を見直した“イチからの船出”の陣頭指揮を執ってもらいたいと思うのです。大仁会長、別に「腹を切れ」って言っているわけじゃありません。決断のできないリーダーに居座られていても、組織の動きが鈍るだけですから。もはや地に堕ちた日本代表というブランドに執着するクライアントとは縁を切り、“あるべき日本サッカーのスタイル”を明確にすべきでしょう。

新監督就任の記者会見で、アギーレ監督とは“四年越しの恋”とまで語った仲ですから、可能であればアギーレ監督にまったく新しい日本代表を作っていただくサポートを原さんにしていただきたい。少なくともアギーレ監督は、限られた駒しかなかったにもかかわらず、采配の妙でここまで引き上げられたのですから。もちろん、アギーレ監督以上の後任がいればベストですが(八百長疑惑の件もありますし)、彼以上の力量でアジアの極東まで来てくれる物好きなんてまずいないでしょうから、協会が腹をくくってサポートする体制を表明すればいいだけのこと。心の底から日本サッカーを憂い、アギーレ監督に全幅の信頼を置いているならば、です。

中途半端に勝ち続けていたら、本質的な問題は先送りにされ、後になればなるほど手遅れという状態になっていたことでしょう。アジアカップでベスト8という結果は、ここ20年の日本サッカー史で見れば最低の結果。ええ、実に効き目バツグンな劇薬となりました。ここで変われなければ、日本サッカーは今後も成長することはないでしょう。選手やスタッフだけでなく、協会、そして日本サッカーを応援するすべての人々が、です。

負けて、良かった。

2015年1月22日木曜日

「そろそろやめませんか」過大評価の日本代表に違和感

オーストラリアで開催中のアジアカップ2015にて、日本代表が3戦全勝の1位でグループリーグを突破しました。それも、3試合連続の完封勝利というプラスアルファ付きで。下馬評でも優勝候補の筆頭でしたから、他のライバル国は「さすが日本」と兜の緒を締め直しているところでしょう。

日本のスポーツニュースを見ても、「日本強し!」の一色。ですが、僕はそんなに騒ぐほどのこととは思っていません。確かにやや余裕を残した感のあるグループリーグ突破ではありますが、そもそも私たちが目指しているのは2018年W杯ロシア大会で、なおかつ優勝国に与えられるコンフェデレーションズカップ出場権が狙い。このぐらいのこと、やってくれなくては困ります。

ハタから見ればかなり手厳しい評価、ともすればネガティブキャンペーンみたいに見られるかもしれませんが、ここまで言う理由は、現在のチームの状態を見てのことです。GL3試合でのスターティングメンバーはすべて一緒。さらに言えば、2014年W杯ブラジル大会時のスタメンと見比べても、違っているのはFW乾選手とDF酒井選手ぐらい。監督が新たになり、帯同メンバーも入れ替えられていますが、主力メンバーはザッケローニ時代からほぼ同じ。チームとしての連携が高いのは当然のことだからです。

2006年W杯ドイツ大会で同じように惨敗した日本は、その後イビチャ・オシム氏を指揮官としました。するとオシムは、一部こそ残せど日本代表メンバーを大きくチェンジ。自身の教え子を中心に、「日本代表を“日本化”させる」というフレーズのもと、まったく新しいメンバーでこのアジアカップに挑みました。結果は4位でしたが、あそこまでメンバーを替え、イチからチームを作り直そうとしていたことを考えると、オシム氏のハートの強さにただただ感心させられるばかりでした。

前任者のチームを土台とするアギーレ監督を批判するわけではありません。そういうチームづくりも選択肢のひとつですし、どういう方針を打ち立てるかは指揮官の権限。課せられたミッションは「4年後のロシア大会で好成績をおさめる」ということですから、その模様を見させてもらうほかないわけです。

ヨーロッパのクラブで活躍するメンバーで固められた固定スタメン。3戦連続の完封勝利はお見事ですが、グループリーグ突破はノルマであり、難易度がアップする決勝トーナメントに向けたウォーミングアップと新しい可能性探しも当然してもらわねば困ります。対戦した三ヶ国に対する敬意は持ちつつも、目指している頂はまだまだ先にあることを忘れてはなりません。正直、グループリーグ突破ぐらいでメディアがいちいち騒いでいることが問題。

良い結果ばかり取り上げるのではなく、さらなる飛躍に向けた厳しい目を持つのがメディアの仕事。例えば、香川真司選手のスランプ。どうしてスタメンで起用されているのか理解できないほど周囲と噛み合っていません。チームメートのほとんどが彼を擁護していますが、先のヨルダン戦を観ても、完全に試合から消えていました。最後のゴールがなければ、彼がどんなプレーをしたのかさえ思い出せないほど。走り込めば他のポジションの選手とかぶり(なんで本田がそこにいるんだ?ってときもしばしばありましたが)、球ばなれの悪さからアタッキングサードでの連携プレーを滞らせ、そこでテンポがずれるから敵に詰め寄られる。彼のボールロストの多さと言ったらありませんでした。対戦相手が韓国やオーストラリアだったら、致命傷となるミスばかり。幸いにもグループリーグ最終戦でゴールを挙げられたので、これでひとつ吹っ切れれば、彼のなかの悪いリズムが変わるかもしれませんが、現時点ではスタメン以下、いやピッチにいることが不思議な存在です。

ディフェンスの連携もイマイチ。無失点ではありますが、中盤の底でのボールロストに連携がチグハグなところなど、相変わらずのチョンボがチラホラ。いつもの“相手にペースを合わせる悪癖”は健在で、アジアカップだから大怪我(失点)にはつながっていないものの、仮に中盤の底でのパスミスで敵にボールを奪われた際、それがネイマールやクリスティアーノ・ロナウドだったら、即失点でしょう。ボランチふたりとディフェンスの四枚は、ブラジル大会に選ばれた主力級なわけですから、「指揮官が変わったから」は言い訳になりません。トーナメント方式の大会において、強固な守備は必須項目です。ここに不安がある時点で、その実力に疑問を抱かざるを得ないのは当然のこと。

アギーレ監督の采配力にも賞賛の声があがっているようですが、僕はまったく不満です。確かに、いつも采配が後手にまわる日本代表の歴代指揮官と比べると、アギーレ監督のそれは狙いがはっきりし、タイミングも逃さないなど、まさしく“名将”の肩書きにふさわしいもの。しかし、余力があるはずのグループリーグでレギュラーメンバーを3戦使い続けたというのはどうかと思います。突破こそ決めていないものの、2戦めで王手をかけたのだから、もっとサブ組にチャンスを与えるべきだったと思うのです。この先の決勝トーナメントからは日程的にも厳しく、勝ち進むほどに余裕がなくなるので主力に頼らざるを得ません。そのうちの誰かひとりでも怪我をしたら、経験値の低いバックアッパーを使わざるを得ないのです。いまだ“ピッチの空気”を吸っていないメンバーが多数いることを思うと、不安が残る3試合でもありました。

順調に勝ち進めば、次のUAE戦の向こうにホスト国オーストラリアが待ち構えていることでしょう。優勝候補同士の一騎打ち、戦いは熾烈を極めるに違いありません。しかし、ホームの声援を背に牙をむいてくるオーストラリアと、さらに彼らを打ち負かした先の決勝戦の相手をもなぎ倒さなければ、優勝カップとコンフェデレーションズカップ出場権は手にできないのです。文字どおりの総力戦となるなかで、バックアッパーの経験値の乏しさがそこでどう出るか。アギーレ監督と日本代表チームの真価が問われるのは、ここからでしょう。

まるで優勝間違いなし!みたいな雰囲気の報道が多いですが、思っている以上に道のりは険しいのです。楽観的な報道に乗せられると本質を見失うという、ブラジル大会時の反省が活かせていない日本のスポーツメディアにはただただガッカリさせられます。選手は浮かれてはいないでしょうが、メディアを含めた周囲の環境に対して、ファンやサポーターが厳しい声をあげていかない限り、日本サッカーが強くなるのは難しいでしょう。

少なくとも今の日本サッカー、はたから見たら“井の中の蛙”以外の何ものでもありません。ブラジルで、世界との差をまざまざと見せつけられたにもかかわらず、結局アジアに戻ったら「俺たち最強!」。そろそろやめませんか、こういうの。

2015年1月21日水曜日

海外にタレントを垂れ流すJリーグのクラブは危機感を

セレッソ大阪の若きエース、南野拓実選手が今季、オーストリアの強豪レッドブル・ザルツブルクに移籍しました。このチームには以前、宮本恒靖さんや三都主アレサンドロさんが所属したことで知られています。ヨーロッパのトップリーグには敵いませんが、ステップアップの場としては良いチームだと思います。あとは、いかに自分を見失わずに監督とチームメートから信頼を得てステップアップしていけるか。非常に楽しみですね。

10年ちょっと前に目を向けると、ヨーロッパのフットボールシーンで活躍する日本人選手は中田英寿さんぐらいでした。それが今や、20人を超える日本人選手がヨーロッパ各国のクラブに籍を置いています。Jリーグ誕生、そしてドーハの悲劇から数えること20数年……。日本のサッカーシーンは、大きく様変わりしたものです。

そうした有望なタレントが世界のトップリーグに戦いの場を求めることは非常に良いのですが、一方でJリーグはというと、かつての盛況はどこへやら、活気を失いつつあります。ガンバ大阪の三冠など話題を呼んだトピックスはいくつかありましたが、ストーブリーグを盛り上げたのは昨年のセレッソ大阪のフォルラン加入ぐらい。“サンフレッズ”などという有り難くない呼び名をつけられるほど、サンフレッチェ広島の選手を買い漁っている浦和レッズが強豪クラブとして君臨しているなど、リーグそのものの閉塞感が表れています。

プロのサッカークラブは、大きく分けて二通りあります。ひとつは有望な選手を買い集めて強豪化していくビッグクラブ。そしてもうひとつは、有能なタレントの卵を見つけて育成し、大きく育ったらビッグクラブに売却する育成型クラブです。F.C.バルセロナのように、育成期間もしっかりしていて外からも買い集められるビッグクラブは特殊として、おおよそそれぞれのクラブには“身の丈に合った役割”が存在します。

クラブではありませんが、Jリーグが今担っているのは育成型でしょう。実際、ドイツやオランダをはじめとするクラブのスカウトがJリーグに注目し、有能な選手をどんどん自国へと連れていっています。曰く、「規律正しくプレーできる日本人選手はドイツのクラブにマッチする。プレーレベルがアベレージ以上なら、プラスアルファをもたらす戦力となる」ということらしいです。香川真司選手や岡崎慎司選手、内田篤人選手、長谷部誠選手など、ドイツ・ブンデスリーガには確かにその言葉どおりの価値を生んでいる日本人選手がたくさんいます。

問題は、安値で売り飛ばしちゃっていることでしょう。

育成クラブにとっての有能なタレントとは、実質的にエースクラスの選手を指します。ビッグクラブが「これを引き抜きたい」というのですから、それ相応の移籍金をもらわねば“骨折り損のくたびれ儲け”になるわけです。

ギャレス・ベイル選手(ウェールズ代表/レアル・マドリー)がいい例です。当時、イングランド・プレミアリーグのトットナム・ホットスパーに所属していたベイル選手は、若手の有望株として同チームで頭角を現し、当初はサイドバックだったのがその攻撃力が買われてどんどん前線のポジションへ。スパーズ最終在籍時には、トップ下のエースとして君臨。劣勢の試合をひとりでひっくり返すということも珍しくないほどの能力を見せつけました。

そこに目をつけたのが、スペインの強豪レアル・マドリー。交渉の末、8600万ポンド(当時のレートで約137億5000万円)という当時史上最高額の移籍金でレアル入りしたのです。その巨額を手にしたスパーズは、新たに5人の選手を獲得、さらに新設予定のスタジアムにも余剰金がまわせたと言います。そう、手塩にかけて育てた選手を高値でビッグクラブに売り、そのお金でチームを新たに強化する——。これが、ヨーロッパの育成型クラブの姿です。

ところが有能な若手をヨーロッパに売り飛ばすJリーグ各クラブは、その選手にかける移籍金がとにかく低いと聞きます。香川選手をはじめ、柿谷曜一朗選手、清武弘嗣選手、乾貴士選手、そして南野選手と、典型的な育成型クラブであるセレッソ大阪も、「ヨーロッパのクラブに飛びたい」という彼らの希望に添って移籍金を低くしているのか、エースクラスが飛び出した直後に「セレッソが選手を買い漁っている」「ぼろ儲けしたらしい」なんて話、ほとんど聞いたことがありません。それに、移籍金ががっぽり入っているなら、それこそ海外のビッグネームに声をかけられようというもの。フォルランを獲得してはいますが、元手は若手売却のお金ではないと聞きます(一部は含まれているでしょうが)。若手は流出しているがリーグは閉塞感に包まれている……。お金がきちんとまわっていない証拠です。

端的に言えば、魑魅魍魎が跋扈する世界のサッカーシーンにおいて、日本のクラブはちょっと人が良すぎる……いや、プロフェッショナリズムに欠けているように思えます。

いくらしっかりした育成期間があり、次々と若手が底上げしてくる構造になっているといっても、エース級の選手が抜けたらチームの根幹が崩れてしまいます。「移籍したい」「この選手が欲しい」という思惑そのものは大切ですが、プロとしてお客さんからお金をもらっている以上、もう少しシビアな交渉をしてもらわねば困ります。地域名こそ冠してはいますが、ほとんどのクラブが実質的に企業母体となっているので、親会社の脛かじりフロントが多いのでしょう。横浜フリューゲルス消滅の反省を活かせていませんね。

何より一番の問題は、今サッカーを楽しんでいる子どもたちの目が海外のクラブに向いてしまうことです。「いつかはマンチェスター・ユナイテッドで」、その志たるやよし!ですが、国内リーグが活気づかないと、真の意味での底上げにはつながりません。代表チームがJリーグの選手を多用せねばならない理由もそこ。海外移籍はあくまでJリーグの先にあるもので、Jリーグと代表チームが手を携えてバランスよく強化を進めていくことが、結果的に日本サッカーの底上げにもつながるのです。

そのためには、売り時にはしっかりした移籍金を設定し、がっぽり儲けて大物外国人を穫りにいき、リーグそのものを活性化させること。かつてストイコビッチやドゥンガ、レオナルド、ジョルジーニョ、ブッフバルトといった世界屈指の名手が揃った時代は、華やかなだけでなくリーグそのものが活気づいていました。当時のジュビロ磐田や鹿島アントラーズなんて、そのまま海外リーグに挑ませても恥ずかしくないほど完成度高いチームだったのですから。

良質な外国人選手が集まれば、自ずとJリーグのレベルはあがります。そして試合の質にともない客足も増え、サポーターの見る目だってどんどん変わってくるに違いありません。同時に国内組だけでも十分代表チームを編成できるようになり、招集しやすいことからチーム完成度だってあがります。そうすれば、特定のタレントに頼らない日本人特有の“チームの質”で真っ向勝負を挑むことができるのです。

国内組中心の代表チームが勝ち続ければ、子どもたちにとってこれほど“身近なスーパースター”は他にいないでしょう。そうすれば、子どもたちも「代表チームは手の届く存在」、「いつかは僕も」と思ってくれるようになります。結果的に、日本サッカーの底上げに寄与するわけです。

海外のクラブに有能な若手を売りつけるのは、決して悪いわけではありません。遊びでやっているわけではないのですから。だからこそ、相応の移籍金を設定してしっかりお金をとりましょう。ここで儲けないと、「日本は買い叩きやすい」というレッテルを貼られてしまいます。それは、海外旅行に行った際に相場以上の値段でお土産物を売りつけられる日本人観光客となんら変わらないのです。

このスパイラルが生まれれば、そのうち海外のビッグクラブからオファーを受けた有能な日本人選手が「でも今の代表チームは国内組で編成されているから、今ヨーロッパのクラブに行ったら代表に呼ばれなくなるかも……」と悩んでくれるようになるんじゃないか、と思っています。そこで踏み止まる選手が増えてくれば、これも結果的にJリーグの活性化につながるわけです。「あの○○選手がクラブに残留した。ということは、Jリーグは海外クラブ以上に魅力的なんだ」と子どもたちにも伝えることにつながるからです。

道のりは長いですが、まずは第一歩から。各クラブの首脳陣の皆様、強気のネゴシエーションをお願いします。

2015年1月20日火曜日

J2セレッソ大阪に残留する“サムライ”フォルランに注目

終わってみれば、J2から昇格したばかりのガンバ大阪の三冠(リーグ、ナビスコカップ、天皇杯)で幕を閉じたJリーグ。“J2から昇格したばかりの”といっても、元々強豪チームとしての素地もありましたし、J2降格だって新体制がチグハグすぎて(呂比須&セホーンの二頭体制)現場が混乱し、立て直しきれずにシーズンが終わってしまったってだけのこと。リーグ終盤の天王山と言われた浦和レッズとの試合を見れば、「内容が悪くても負けない」試合運びで浦和をいなすなど、その戦いぶりは王者にふさわしいものでした。

そんな昨年のJリーグ、開幕前にもっとも話題を呼んだのは、同じ大阪に居を構えるセレッソ大阪でした。柿谷曜一朗や山口蛍、扇原貴宏といったフレッシュなタレントを擁し、2013シーズンをリーグ4位という好成績で終了。そしてもっとも話題を呼んだのが、ディエゴ・フォルランの加入でした。現役ウルグアイ代表にして、2010年W杯南アフリカ大会の得点王&最優秀選手。ヨーロッパ各国の強豪クラブを渡り歩いた名実ともにワールドクラスのストライカーの加入は、ビッグネームがリーグ入りしなくなって久しいJリーグの中心的話題になりました。

が、結果はなんとJ2降格。まさに天国と地獄とも言える凋落ぶり。まぁ、セレッソの歴史を知る人は、「好成績で終えた翌シーズンはJ2に堕ちる」というジンクスがまた証明されただけ、と思われるでしょうが……。

柿谷のスイス移籍、チーム内の不協和音、山口の怪我離脱、ACL(アジアチャンピオンズリーグ)を含んだシーズン序盤の過密スケジュール、そのレベルに対応できるだけのチーム作り……。チームが落ちぶれた要因はさまざま挙げられていますが、J2降格という結果を見れば、これらすべてを含めて、チームが未熟だったということでしょう。

なかでも最大の要因は、フォルランをしっかり活用できなかったことです。

確かにこのビッグネームは、全盛期を過ぎた感が否めません。また、周囲のサポートがあってこそ活きるのが彼のプレースタイルなのですが、チームとして“フォルランを活かす”という方向に全員の顔が向いていないような混乱っぷりでした。孤立するフォルランを見ていて、Jリーグ創世記に名古屋に加入したゲーリー・リネカー(イングランド/1986年W杯メキシコ大会得点王)を思い出した古いファン、少なくなかったのではないでしょうか。

ハマれば一撃必殺。しかし、そのプレーのテンポとスピードを理解し、なおかつすべての選手がフォルランに合わせていく必要が不可欠でした。しかし相棒の柿谷は中盤にヨーロッパへ旅立ち、中盤の底を引き締める山口は怪我で離脱。それでも、チームの根幹が崩れでもしない限り、これほどのタレントを擁していながら降格するなんてことはまずあり得ません。監督や他の選手は何をしていたんだ?という印象です。

結果論ですが、それぐらいチームとして崩壊していたということでしょう。皮肉にも、同じ都市を拠点とするガンバ大阪が最たる例となりました。降格したシーズンの序盤、謎の二頭体制が引き起こした混乱は最後まで修正できず、そのまま泥沼化していきました。どれほど優れたチームでも、いきなり方針転換などしてしまったら現場は混乱し、本来の持ち味の1パーセントも出せなくなってしまう。“勝っているチームは変えるな”とは、ブラジルの諺です。

フォルランを獲得して、どう活用したかったのか。結局、フロントがネームバリューだけで獲得したことが浮き彫りになった形です。フォルラン中心のチームづくりをする気だったのか、それともある程度余剰戦力として見つつも、彼しか持ち得ない“勝者のエスプリ”をチームに与えたかったのか。また、その使い方に合った環境づくりまで考えていたのか。

フォルランとて、余暇でJリーグに来たわけではないでしょう。ここ数年、アメリカのMLS(メジャー・リーグ・サッカー)が大きなビジネスマーケット化してきており、彼のような全盛期を過ぎたビッグネームが多く渡米しています。それこそフォルランともなれば、セレッソ以上の好条件を用意できるアメリカのクラブチームからのオファーが期待できたはず。またあれほどのネームバリューを持つ選手が、現役の晩年を迎えるにあたってその知名度を汚すようなマネをするわけがありません。ビジネスである以上金額は納得がいくものを求めるでしょうが、今回のセレッソ入りは他チームの好オファー以上に魅力的な何かを感じ取ったからだと僕は思っています。

しかし結果的に、セレッソ大阪はフォルランという選手をリスペクトしていなかった。それは、安直に獲得したフロントのみならず、監督やコーチ、選手すべてです。言語の壁はあれど、向上心のある選手なら通訳の有無に関係なく、時間を惜しんでも彼に話しかけ、日常では得られない知識を得ようと思うはず。少なくともフォルランは現状にまったく満足していない様子ですし、それはセレッソというクラブと彼が密な関係性を築き上げられていない何よりの証拠。野球選手よりも現役生命が短いプロサッカー選手でありながら、貴重な糧を無駄にするこのていたらく。そりゃ降格するってもんです。

フォルランは、J2に降格したセレッソへの残留を決めたと言います。諸事情によるものでもあるでしょうが、その心中、察するに余りあるところです。降格の責任を感じていることもあるでしょう、そして何より、自分が選んだ道にしっかりけじめをつけたいという気持ちも持っていることでしょう。

J2降格という憂き目に遭い、チームの浮沈をかけたシーズンに挑むセレッソ大阪。一年でJ1に戻れなければ、東京ヴェルディのようにズルズルとJ2の常連化することは間違いありません。そんななか、ディエゴ・フォルランほどの選手がチームに残留するというのです。彼ほどの選手はJ2のみならず、J1のチームでさえ欲しくても手に入れられない唯一無二のワイルドカード。セレッソがこの世界的キーマンをどう取り扱うかが、自ずと今シーズンの結果に結びつくものと思います。

2015年1月19日月曜日

日本人として誇らしい本田圭佑のアジア審判批判

ただいまオーストラリアで開催中のサッカー・アジアカップ。大きな波紋を呼んだ本田圭佑選手の「アジアカップの審判」に関する発言と、それに対してAFC(アジアサッカー連盟)から罰金5000ドルが科せられたニュースは、大きなトピックスとして取り上げられました。

まず大前提として、「審判批判」と「元締めからの罰則or罰金」は、ヨーロッパや南米のサッカーシーンでは日常茶飯事。ジョゼ・モウリーニョ(チェルシー監督)のように、己が発言力の大きさを理解しながら審判や敵将を批判し、パフォーマンスとするキャラクターは世界的に珍しくありません。もちろん行き過ぎればFIFA(国際サッカー連盟)やUEFA(欧州サッカー連盟)から罰金を科せられることがありますが、そういうことも含めて多額のギャラを手にしていると自身で理解してやっています。ちょっと日本には馴染みのないカルチャーなので、「本田、審判批判で罰金!」みたいな見出しのインパクトが強く受け止められたように思われますが、サッカーの世界じゃよくある話です。

ただ、今回の本田選手の発言が大きな波紋を呼んだことは事実です。

なんといっても彼が所属するACミランは、世界屈指のビッグクラブ(ちょっと最近はその威光が薄れている感が否めませんが)。そこで背番号10を背負っているレギュラープレーヤーが、大事なリーグ戦から抜けてアジアNo.1を決める大会に出向いている。もちろん、それでヨーロッパのメディアの目がアジアカップに向けられるわけではありませんが、インターネットが日常となっている今、“本田圭佑の審判批判”というだけで、ヨーロッパでもネタとして取り扱われます。

アジアカップの審判のレベルが低い……長らくサッカーを観てきた人にとっては「何を今さら」というところでしょう。今大会のみならず、ワールドカップのアジア予選でもその模様ははっきり分かります。実はJリーグでも、「審判のレベルが試合に追いついていない」と言われることがあるほどで、まともなプロリーグを持たないアジア諸国に高い審判レベルを求めるのは極めて難しいこと。しかしながら、アジアの強豪国にはヨーロッパのトップリーグやビッグクラブでプレーする選手がおり、当然そのレベルの差に愕然とさせられるのです。

先の2014年ワールドカップ・ブラジル大会の開幕戦を覚えていますでしょうか。開催国ブラジルとクロアチアの試合で、日本人審判の西村雄一さんが主審としてピッチに立ち、ブラジルへ与えられたPK(結果的にこれが決勝点となる)が物議をかもしました。そう、この一幕も、「アジアの審判のレベルは低い」というレッテルの一部となっているのです。

審判の育成は、選手の育成以上に難しいもの。かつてJリーグ創世記には、ヨーロッパや南米から高レベルの審判を招聘しており、彼らとの交流や指導から日本の審判レベルは着実にアップしました。大物外国人選手や優れた審判がいることで、自ずと試合のレベルはアップし、合わせて日本人選手のレベルも格段にあがっていったのです。その逆もまた然り、選手や審判のレベルが下がれば、ゲームは停滞し、お客さんの足は遠のいてしまいます。いくら育てたいと言われても、淀んだ流れのなかで選手や審判がレベルアップするのは至極困難なこと。また、審判が試合のレベルについていけないと、危険なプレーが続発してしまう恐れがあります。あらゆる面において、試合の質をコントロールするのが審判の役割なのです。

ヨーロッパのトップリーグに身を置く本田選手は、審判のレベルが試合を左右することをよく知っています。そもそも彼らはプロのサッカー選手で、試合の内容や結果によってその後の生活が大きく変わってしまうという世界に身を置いているのです。ACミランのレギュラープレーヤーが、大事なリーグ戦を後回しにして参加している……。この事実からも、彼のアジアカップにかける意気込みは痛いほど分かりますし、彼の目標は間違いなくアジアカップ優勝でしょう。これによって、“プレワールドカップ”コンフェデレーションズカップへの出場権が得られ、日本代表はより大きな成長のための機会を得られるのです。

そこで、「アジアだから、審判のレベルが低いのは仕方ない」と済ますことはできません。おそらく本田選手は、自身の発言力がどれほどのものか理解しつつ、「それでも言わねば」と意を決して発言したに違いありません。ひいてはブラジル大会の悔しさからはじまるロシア大会への意気込みなのでしょう。

先のブラジル大会で、日本の代表として挑んだチームは、一勝もすることなくブラジルを後にしました。監督や選手を批判するのはカンタンですが、それらすべてを含めて“日本の代表”として我々が送り込んだ人たちであり、もし外国人が「日本ってブラジルで一勝もできなかったんだよね」と言ったとすると、それは代表チームにではなく、私たち日本人ひとりひとりに向けられた言葉だと理解せねばなりません。

本田選手の発言は飽くなき勝利への執念から出たものであり、僕は彼の発言を誇らしく思います。間違いなく本田選手は、“日本を背負っている”ということをしっかりと自覚した人だと改めて感じ入った次第です。改めて、アジアカップを観戦する楽しみが増えました。

2015年1月12日月曜日

なぜか結びつかない高校サッカーと日本代表

■悲願の初優勝
石川県の星稜高校が全国の頂点に立った今年の全国高校サッカー選手権大会。天皇杯のスケジュールが前倒し開催となったこともあり、冬の風物詩として話題を独占した感がありました。

未来のJリーガー、そして未来の日本代表となる逸材が揃う今大会、数試合ほどTV観戦しましたが、年々選手のレベルがアップしていると実感します。海外トップリーグが身近になったこと(テレビで見られる、日本人選手が活躍する、など)もそうですが、やはり国内リーグの充実があってこそ裾野が広がるというもの。若い選手の活躍は頼もしい限りですね。

そんな高校サッカーを見ていて、ふと感じたことがありました。それは、今回念願の初優勝を飾った星稜高校について、です。本田圭祐選手の母校として注目を集めまていますが、改めて2年連続で決勝までコマを進めたという偉業をクローズアップすべきでしょう。

プロとは異なり、高校サッカーは一年を終えるたび、チームの根幹が変わってしまいます。そう、最高学年である三年生が卒業していくからです。当たり前の話ではありますが、言うなればそれまでチームのレギュラーだった層がごっそり抜けるということ。翌年には、新しく加わる新入部員とともにチームづくりを行なっていかねばなりません。チームとしての熟成度が差を分けるサッカーというスポーツの特性を考えると、なんとも悩ましい事情ではあります。

“チームの骨格そのものを見直しての刷新”という難題を考えると、2年連続で決勝進出をはたした星稜高校のすごさと言ったらありません。特定のタレントに頼らない一貫した強化方針がなければ、安定した力を発揮することはできないからです。監督の力量はもちろん、周囲のサポートも不可欠となります。試合に勝つには、第一に選手の質、そして彼らの力量を最大限に発揮できる環境づくりと、あらゆる要素を含んだ総合力があってこそ。

■星稜高校の勝因とは
“選手の質”という点では、東福岡の中島賢星選手など、プロとして通用するであろう高い能力の持ち主はたくさんいました。が、どこの出場校もそんなレベルのタレントを抱えているわけではありません。日本にクリスティアーノ・ロナウドやメッシがいないのと同様、チーム力で勝ち上がってきた高校がほとんどと言っていいでしょう。

足りない個の実力差を埋めて勝ち上がる戦い方を身につける必要がありますし、どれだけ優れた個を揃えたチームが相手でも、総合力をもって打ち負かすことができるのがサッカーというスポーツ。星稜高校だけに限ったことではありませんが、大会が進んでいくにつれ、勝ち上がってきた高校に顕著に見られた傾向でした。

そんな各校の試合を観ていて気づいたのは、以下の2点。

・次のプレーにつながるトラップ技術
・パス&ゴーの徹底

サッカーをやっていれば小学生のときに教わる基礎中の基礎ですが、その基本を徹底するというのはなかなかに難しいもの。とりわけ星稜高校は、本田圭祐選手という華やかなOBがいると、「俺だって」とスタンドプレーに走る選手がいたとしても不思議ではありません。しかし、“チームとしての戦い方”を全員がしっかり理解しているように見えました。

トラップとは、その次のプレーをはじめるうえでの第一歩です。タッチラインを背にボールを受ける際、クロス(またはアーリークロス)をあげたいのであれば眼前の敵の足が届かない前方にボールを置く必要がありますし、前線が手詰まりで闇雲にクロスを上げても跳ね返されると判断したときは、組み立て直すために自陣寄りにボールを置く必要があります。「ファーストタッチを見れば、その選手の力量やインテリジェンスが伺い知れる」とは言いますが、勝ち上がってきた高校の選手は“攻めどころ”と“守りどころ”の使い分けができているように思えました。

テレビから伺い知ることはできませんでしたが、試合中はボールホルダーに対してチームメートがしっかりと声がけをしていたのでしょう。いわゆるコーチングと呼ばれるもので、「背後に敵が迫っているぞ」、「今フリーだぞ」と教えてやることで、ボールホルダーは適切な状況判断ができるのです。トラップ技術にともなうコーチング力も高かったものと思います。だから、シンプルなプレーを危なげなくこなしていたのです。

そして、パス&ゴー。特にアタッキングサードに入ってからが顕著でしたが、それこそ星稜高校の選手は味方にボールを渡したあと、足を止めることなく意図あるランをしっかりと行なっていました。これは反復練習の賜物だと思いますが、コミュニケーションを取りながら練習を繰り返すことで、味方の特性を理解し、信頼あるランが生み出されるというもの。当然攻撃に厚みが生まれ、なおかつ無駄走りもなくなります。ひとえに選手の力量を見極める監督の采配も大きな要因と言えるでしょう。

■強豪ぶっている井の中の蛙
全国の高校サッカーの頂点にふさわしいチームだった星稜高校。もちろん準優勝の前橋育英、そして他校もすばらしい試合を見せてくれました。こと星稜高校で言えば、先のブラジルW杯で言えば、優勝したドイツのような安定感あるチーム力を見せつけての優勝だったと言えます。およそ高校生とは思えない完成度が高いチームを見させてもらったわけですが、こうした裾野が日本代表にフィードバックされているかと言われると、決してそうではありません。

本来は、日本代表が日本全国のサッカー少年の模範となり、「日本のサッカーとは、こうだ」というものを見せねばなりません。パスワークで相手を翻弄するポゼッションサッカーを軸とするならば、未来の本田圭祐選手や香川真司選手、遠藤保仁選手となるテクニシャンが求められることになります。そう、ブラジル代表やスペイン代表のように。

確かに、ブラジルやスペインのサッカーは実に流麗ですし、こと中盤の選手に関して言えば、日本は常に有能な選手を輩出しています。「その特徴を最大限に活かすべき」という主張はごもっともですが、現実問題、その自慢の中盤でどこまで世界に通用したかと言えば、その実績はほぼゼロと言えるでしょう。先のブラジルW杯もそうですが、好成績をおさめた2010年南アフリカ大会でも「中盤を制圧して勝ちきった」わけではありません。どちらかと言えば、守りに守ってカウンター一本というものでした。GL第2戦の相手オランダには、完全に試合の主導権を握られてしまいましたし。ブラジル大会では、言わずもがな。

現在の日本代表は、ブラジル大会当時のまま特に変わっていません。酷な言い方をすれば、“ブラジルでまったく通用しなかったチームを使い回し、アジア相手に強豪ぶっている井の中の蛙”のままというわけです。その状態で、3年後のロシア大会で好成績をおさめられるのか……。「勝てる!」と答えられる人は、盲目的にサッカーを見ているだけか、代表選手または関係者の身内でしょう。

優れたMFを排出できるのは、ひとえに国民性によるもの。人材が豊富なことは良いことですが、自然発生的なことと育成は別問題。大事なのは、「世界相手に勝ち星をあげるための育成と強化」。その点で言えば、全体がレベルアップしつつ献身的にプレーできる選手が高校生クラスに多数存在するというのは、実にすばらしいことだと思うのです。

自慢の中盤を活かすのも、その周囲に“水を運ぶ選手”がいてこそ。日本人ほど献身的にチームに尽くす人種は、まずいません。また、足をとめずに走りきれる献身的な選手が代表チームに選ばれるようになれば、「俺だって代表を目指せるかも」と夢を抱ける少年が増えてくるはずです。ひいてはこれが、日本サッカーの厚みになると思います。星稜高校の選手が見せてくれたのは、「これぞ日本サッカーのスタイル」とも言える姿勢でした。

はたしてアギーレ監督がこの観点のもとにチーム構成を行なっているのか。いや、そもそも日本サッカー協会がこういったオーダーをアギーレ監督に出しているのか。そろそろ日本サッカーのスタイルの確立や強化方針に一貫性を持たせてほしいもんだ……。今年の高校サッカーを見終えて、そんな感想を抱きました。

2015年1月7日水曜日

次期日本代表監督にはぜひ“イタリアの闘犬”を!

いよいよアジアカップに挑むサッカー日本代表。ですが、ちょっと不必要なことで周辺が騒がしくなっています。アギーレ監督の八百長疑惑問題がその発端で、現時点ではシロともクロとも言えない状況から、なんともまどろんだ雰囲気が漂っているように見えます。選手側としては「いつまでもそんな話を引っ張らないでくれ」というところでしょう。もちろん面白半分で取り上げているメディアは論外ですが、かといって何事もなかったかのようにスルーできるほど軽い話ではないのも事実。

とりわけ、日本サッカー協会は頭が痛いところでしょう。クリーンなイメージから、多くのスポンサーを集めてきた日本代表にダーティな印象を持たれる……。協賛している企業にとっては、とばっちりもいいところ。これでスポンサーが引き下がっていきでもしたら、せっかくのワールドクラスの監督招聘が裏目に出たことになります。協会側のリサーチ不足に端を発するところではありますが(アギーレ獲得に動き出している最中に、そういう噂話は必ず耳にしていたはず)、一番釈然としないのは、疑惑の指揮官のもと、コンフェデレーションズカップ出場権獲得という重要な任務を背負わされている選手たち。いずれにせよ、アギーレ体制でアジアカップを戦うことに変わりはないので、本大会に関してはこのまま生暖かい目で見守るほかないでしょう。

問題は、大会後。アギーレ体制が継続するのか、否か。

成績次第で……という声もあるようですが、八百長疑惑とアジアカップの成績は関係ないでしょう。現体制のままアジアカップに挑むのは、タイミング的に指揮官を代えた際のダメージの大きさを考慮したから。こと八百長疑惑という点については、まったく違う観点から議論されるべきです。

私個人としては、解任でいいと思っています。アギーレという人物の能力を疑問視してはいませんし、協会が「彼以外考えられない」というのなら死ぬ気で庇いながら続けるというのもテです。が、まだチーム再編が始まったばかりの今、アギーレでなくてはならない理由はとりわけ見つからず、かといって協会が死にものぐるいでアギーレを守ろうという姿勢も見えないので、さっさと後任人事を進めて代えてしまえば?と思うのです。別に、次のロシア大会までひとりの人物に4年間まかせなきゃいけないルールもありませんから。

解任とした場合、後任にふさわしい人物像は? 協会がすでに動いているものと思われますが、あえて代表監督に希望する人物像を描いてみましょう。とりあえずW杯ロシア大会を目標とした場合、アギーレ体制ですでに一年を消化しているので、“残り3年でどこまで強くできるのか”が課題となります。

世界のリーグで指揮を執った経験がある人物なら、海外組の能力はある程度把握できているでしょう。問題は、Jリーガーとどう融合させ、今以上のチームにできるか。ひとつの指標となるのは、ブラジルW杯での惨敗。ザッケローニの指導力の低さは、選ぶ人物次第でリカバー可能です。コンディション不良?これも次期監督のスケジューリング次第。

Jリーグに精通しているか否か……。これが難しい。ただ、これは考え方で、“有能なJリーガーを選んでチームを構成する”よりも“新指揮官が描く理想のスタイルに適した選手を選ぶ”とすれば、数ヶ月かけてJリーグ行脚をしていただいたうえで好みの選手をチョイスしてもらえばいいわけです。

代表監督経験もある明確なスタイルを持った世界的名将……ファビオ・カペッロ(現ロシア代表)やルイス・ファン=ハール(現英マンU監督)などでしょうか。ギャラも高額ながら、現職を投げ打って極東の代表チームに来てくれるとは思えません。

ある程度“穴場”を狙わなければならないわけですが、個人的に薦めたい方がひとりいます。イタリア代表としてW杯制覇を経験した“闘犬”ジェンナーロ・カットゥーゾです。



ふざけていると思われるやもしれませんが、私は大真面目です。ブラジルW杯での惨敗の理由として、ひとつに“ハートの弱さ”があったと思います。気持ちだけでプレーすることはできませんが、気持ちや気迫は間違いなくプレーに表れます。はっきり言いますが、ブラジルW杯での日本代表の戦いぶりは、正直「本気でやってる?」と聞きたくなるほど頼りなく、不甲斐ないものでした。

強固な鉄門の前に立ちはだかる番犬として活躍したガットゥーゾは、代表でW杯を、クラブ(ACミラン)でUEFAチャンピオンズリーグを制覇した“頂点を知る男”です。現在ギリシャリーグのクラブで監督業に勤しんでいるそうで、しっかりしたギャランティと日本サッカーが目指すべき方向性と志を示せば、心を傾けてくれるんじゃないでしょうか。それこそ、ザッケローニ・コネクションを使ったっていいでしょう。

「なんつったってオレは周知のとおり、超のつくド下手だからな。それこそアンドレア(・ピルロ)みたいに上手いなら話は別だが、そうじゃないオレはもう走るしかない。人の2、3倍なんてレベルじゃないぜ」

現役時代のインタビューではこんな話をし、そして「ボランチに必要な要素は?」という問いかけに「気合い。これだけさ」と言ってのけるガットゥーゾ。少しでも日和った意識で代表に来れば、ガットゥーゾ監督に噛みつかれること間違いなし(比喩ではありません)。たとえ試合中でも、気の抜けたプレーをすれば叩きのめされることでしょう。

別に代表選手を痛めつけたいってわけではありませんが、ブラジルでの頼りない戦いぶりを見せられた側としては、フォーメーションや戦術云々はさておき、“本大会で一勝もできなかった国”として何から手をつけねばならないか、それを明確に示してくれる人物だと思うのです。

3-4-3? 4-2-3-1? ここまで堕ちたのなら、そんな議論は二の次、三の次です。まずは走る。相手の誰よりも走る。そして守るときは徹底的に守る。足で止めるのではなく、体で止める。死にものぐるいでボールを奪い、考え得る限りの最高の方法でボールをゴール前に運び、全員でゴールにねじ込む。

なぜ、そんな泥臭いことをしなければならないか? ブラジルで惨敗したからです。一勝も挙げられなかったからです。アジアの弱小国だからです。海外のトップクラブに所属しているとか、そんな肩書きは何の役にも立ちません。本田圭祐とて、クリスティアーノ・ロナウドやメッシのような“ひとりで試合を決定づけられるスペシャルワン”ではないのですから。

世界の頂を見た経験を持ち、戦う意味やチームへの献身を知る男、ガットゥーゾは申し分ない人物だと思います。きっと、今まで見たことがないような戦闘集団へと変貌させてくれるのではないでしょうか。




2015年1月6日火曜日

日本サッカーにストライカーなんかいらない

ただいま絶賛開催中の全国高校サッカー選手権大会。その3回戦 京都橘(京都) vs 国学院久我山(東京A)の試合をテレビで観ていたのですが、面白いワンシーンがありました。混戦となったゴール前にて、落ちてきたロビングボールを京都橘のFWが振り向きざまにシュート。かなり難しい体勢から繰り出したボレーは、残念ながらボールポストを直撃してタッチラインの外へ。その模様を見ていた解説の福田正博さん(元日本代表/元浦和レッズ)が絶賛していたのです。

「数ある選択肢のなかに“シュートを打つ”があれば、迷わず打つのがストライカー。今のプレーは素晴らしい」

確かにおっしゃるとおりだと思いました。たとえとして適切かどうか分かりませんが、宝くじと一緒で、買わないと当たらない、つまり打たないと入らない。「入らないかも」と打つのを躊躇した分、相手ディフェンスは混乱から脱していくので、1パーセントでも“シュートを打つ”という可能性があれば、迷わず打つべき。そのまま入ればベスト、仮に入らなかったとしても、もしかしたら相手GKやDFが弾いて新しいチャンスが生まれるかもしれない。“ボールを足で扱う”という不確定要素の多いスポーツですから、どれだけ可能性が小さくてもチャンスと見れば何でもトライするべきです。

しかし、日本に“ストライカー”と呼ばれる選手はほとんど登場していません。唯一の例外は釜本邦茂さんで、そのイメージに近しいところまで行ったのは、高原直泰選手(元日本代表/SC相模原)ぐらいでしょうか。代表チームでは岡崎慎司選手(日本代表/独マインツ)が目覚ましい活躍を見せていますが、最前線に君臨するエースストライカーというイメージとはややかけ離れています。

人それぞれではありますが、ストライカーの定義としては“エゴイスティック”で“チームの成績に関係なく自分の得点にこだわる”ところでしょうか。チームとして取り決めているPKキッカーに、「得点王に近づけるんだから、俺に蹴らせろ」と言って試合中にケンカしたフィリッポ・インザーギ(元イタリア代表/現ACミラン監督)などはキャラクター的にも最たるストライカーと言えるでしょう。言うなれば、「俺様みたいな素晴らしいストライカーを起用しないあの監督は馬鹿だ」と平気で言ってのけるような人種が、ストライカーたりえるのです。

ストライカーに必要な素養を持ち合わせた人種が日本から生まれるとは考えにくいのです。出る杭は打たれる、能ある鷹は爪隠す……という慎ましやかさを美徳とする国民性とは真逆の素養ですから。冒頭の高校生ストライカーも、確かにあのプレーは賞賛されるべきものですが、彼の今後のサッカー人生でその姿勢がどこまで貫けるか。“出る杭があれば即座に打つ”この国で、出る杭であり続けることがいかに困難なことか。本人がどれほど強い意志を持っていたとしても、周囲のリスペクトが得られなければその気持ちを維持すること自体が難しいのです。

現在、日本サッカー協会が『ストライカー育成プロジェクト』なる取り組みを行なっています。その名のとおり、世界に通用するストライカーの卵を見つけ、徹底的にストライカーとして育てようという目論見。こういう計画に取り組む協会の姿勢には好感が持てますが、そもそも論として、「日本サッカーにストライカーは必要なのか」、「では日本サッカーが目指す究極のスタイルとは何なのか」が定まっていないように見えます。

日本サッカーに、ストライカーは必要でしょうか。結論から言わせてもらえば、僕は不要だと考えています。理由は、ストライカーがいなくても得点を重ねた日本のチームを知っているからです。

それは、名古屋グランパス。それも、1995年、フランス人指揮官アーセン・ベンゲル氏(現英アーセナル監督)が率いていた頃の、です。

創設からJリーグのお荷物と呼ばれていたこのチームを常勝チームへと変貌させた名将の手腕は、20年近く経った今も色あせることはありません。この当時、名古屋には代表チームの常連となるような選手はいませんでした。ところがベンゲルは、特に他チームから代表クラスの選手を引き抜くこともせず、持ち駒だけで好バランスのチームを築き上げたのです。

フォーメーションは、中盤がフラットな4-4-2という現代サッカーでは極めてオーソドックスなもの。最前線には世界屈指のプレイヤーと言っていいドラガン・ストイコビッチ(元名古屋)を置き、その圧倒的なキープ力と展開力を活かしたワイドな攻撃を目指したのです。当時無名だった岡山哲也や平野孝を両翼に配し、二列目、三列目からどんどん選手が飛び出してくる厚みのある攻撃で得点を重ねていったのです。スコアラーも日替わりで、連勝を重ねだした頃にはディフェンダーが決勝ゴールをあげても不思議がらなくなったほど。

もちろん、この分厚い攻撃を支えていたのは、前線からの献身的な守備があってこそ。ゾーンディフェンスのお手本とも言える統制のとれたプレッシングで相手から自由を奪い、ボール奪取とともに攻守を素早く切り替え、全員がゴール前になだれ込む。ここぞ!というときに投入されたスーパーサブ森山泰行という存在もあって、当時の王者ヴェルディ川崎(現東京ヴェルディ1969)に肉薄する勢いを見せたのです。

誰がゴールを決めたって、1点は1点です。イブラヒモビッチのようなストライカーが天から舞い降りてくるのを待つのではなく(そもそもそんな選手を育てることなど不可能。できるなら、他の国でもやっています)、自分たちが目指すべきサッカーのスタイルを確率させ、それに即した選手の育成プロジェクトを立てていくべきです。

サッカー日本代表は、日本サッカー界の模範となるべきチームです。「なるほど、代表チームはこういうサッカーをするんだ。だから僕はこういう練習をしよう(もしくは選手をこう指導しよう)」と、未来の代表選手が志を抱くことができるわけです。何がしたいか分からない、行き当たりばったりのサッカーをしていては、夢見るサッカー少年に目標すら与えられません。目先のビジネスに奔走するのも結構ですが、将来有望なJリーガーの才能を開花させてやるには、代表チームが明確な指針を見せねばならないのです。監督が変わるごとにサッカーが変わっていては、選手はもちろん他のみんなも困惑してしまいます。

特定のストライカーに頼らない、統制のとれた組織力と機動力をフルに活かした全員攻撃&全員守備のサッカー。身体能力に秀でていない日本にもっとも適したスタイルであり、私が理想とする日本のサッカーです。今までこのスタイルに挑戦しようとしたのは、代表チームではイビチャ・オシム氏だけでしょう。アギーレは……どう見ていますかねぇ。アジアカップでの戦いぶりに注目したいと思います。