2014年6月13日金曜日

ワールドカップ初戦で世紀の大誤審?

いよいよ始まったW杯ブラジル大会。その開幕戦はブラジルがクロアチアを3-1で下すという開催国の面目躍如といった感じでスタートを切りました。

さてこの試合、日本でも大いに注目を集めましたが、それは本ゲームのジャッジを主審の西村雄一さんをはじめとする日本の審判団が務めたこと。サッカー王国でのW杯開幕戦を日本人が仕切るという、私たちにとっては“もうひとつの日本代表”が活躍する姿を見られる栄誉とも言えるゲームでした。

そんな開幕戦のジャッジについて、批判の嵐が渦巻いています。特に議論の的となっているのが、後半24分、ブラジルに与えられたPKの判定です。ペナルティエリア内でクロアチアDFを背負ったブラジルFWフレッジがゴールを背にボールを受けると、突然彼が苦悶の表情を浮かべて崩れ落ちました。DFロブレンは「触っていないよ」と両手をあげてアピールするも、西村主審は迷わず笛を吹き、ペナルティスポットを指差したのです。

クロアチアのイレブンは、ロブレンにイエローカードを提示する西村主審に猛烈抗議。しかし判定は覆らず、重圧のかかる逆転のペナルティキックをエース ネイマールが強引に押し込んで、セレソンを勝利へと導きました。

試合後、ニコ・コバチ監督はじめ、クロアチアの面々や世界のサッカー界の識者が苦言とも言えるコメントを発表。私たち日本を代表する審判団は一転、批判の的となっています。

結論から言えば、西村主審がフレッジに騙されたってだけです。

リプレイを見ると、確かにロブレンはフレッジに接触していますし、手もかかっています。しかし、あそこまでもんどりうって倒れるような接触プレーではありません。完全にフレッジがPK狙いの演技……シミュレーションを仕掛けたわけです。

正直、フレッジのシミュレーションはあまりレベルの高いものではありませんでした。言うなれば“大根役者”。「おいおい、もっとうまくやれよ」と言いたくなるもので、ヨーロッパや南米のリーグで笛を吹いているベテランレフェリーなら速攻で見抜いてフレッジに「非紳士的行為」としてレッドカードを突きつけていたでしょう。ところが西村主審は騙されてしまった。

こういう話になると、「彼の経験が浅い」とか「Jリーグやアジアのレベルが低いから」といったナイーブな反応が出てしまいがちですが、僕はそうは思いません。なぜなら、この試合はW杯の開幕戦だったからです。開催国が威信をかけて立ち向かう極めて重要な試合で、6万人を超える大観衆が見守る世紀の一戦の笛を吹くわけ……重圧がかからないほうがどうかしています。もしこれがただの親善マッチだったら、“ベテランのブラジル人”フレッジを西村主審が警戒しないわけがありません。しかし、それをもかき消してしまいかねないプレッシャーがかかっていたと思うのです。南米vsヨーロッパという構図からアジアの審判団、しかも信頼性の高い日本の審判団を選んだFIFAのジャッジにも納得です。

当然、クロアチアからすれば「あの程度のプレーも見抜けないなんて」、「たまったもんじゃない」という声は当然出るでしょう。彼らにすれば、グループリーグを突破するには初戦勝利は絶対条件、しかし相手は開催国にして優勝候補筆頭のブラジル。水も漏らさぬ戦術を練ってきたわけですから、誤審などで勝利の芽を摘まれたとあっては黙っていられるはずがありません。しかし、こうした判定もサッカーの常。FIFAがなかなかビデオ判定制度を導入しないのも、「“人間の目”という不確定要素に左右されることもまたサッカー」という理念があるから。もしこれが日本戦で起こったら僕も声を荒げるでしょうが、下った裁定が覆らないのであれば、次に向かって進むほかありません。

ブラジルにはマリーシアという言葉があります。日本語に訳すと“ずる賢い”という意味になり、ぱっと聞いただけでは「卑怯なやつだ」と思われることでしょうが、諸外国においてはそうした“ずる賢さ”も“頭の良さ”のうちに含まれると言います。日本には武士道から始まる「正々堂々」「真っ向勝負」「一対一」という理念が存在し、それは我が国の美徳として誇らしくありますが、世界の檜舞台においては「結果がすべて。騙すか騙されるか、騙されて負けたとしたら、それは騙されたやつの実力が足りなかったんだ」という論理がまかり通ります。綺麗ごとだけで勝てるほど勝負事は甘くない、敗戦後に何を言ったって負け犬の遠吠えでしかない……そういう意味なのでしょう。

かつて日本を代表する柔道家としてオリンピックの金メダルを独占した山下泰裕さんは、とあるインタビューで「外国人にはずる賢さがない」と答えていたそうです。「日本人にはマリーシアが足りない」と言ったのは、当時Jリーグ・ジュビロ磐田に所属していた現役のブラジル代表主将のドゥンガでした。その頃から考えれば、世界のサッカーシーンで戦う日本人選手はずいぶんずる賢くなったと思いますが、それでもまだまだナイーブな面が顔をのぞかせるシーン、珍しくありません。

今回の騒動については、フレッジのプレーが巧妙で、西村主審がそのずる賢いプレーを見抜けなかった。そういうことだと思います。日本サッカーは、選手も審判もまだまだ発展途上なんだと痛感した次第。だからといって失格の烙印を押されたわけではないのですから、今は打ちひしがれているであろう西村主審には、再び顔をあげて次の試合で最高のジャッジを見せて欲しいと切望します。

世界が注目する世紀の一戦で笛を吹く——。これほどの重圧と批判の嵐にさらされた日本人を僕はちょっと知りません。この西村雄一さんは、今後間違いなく日本を代表する偉大な審判として活躍されることと思います。
 

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